再開の物語
黒山羊メイは今日もまた怪しい黒魔術にいそしんでいた。
あれやこれやとしていくうちに面白そうな黒魔術を思いつき、それを実行に移すべく今準備しているところである。
「うまくいくといいけど」
今まで何か起きたことなんてない、でもやっぱり未知の黒魔術ってわくわくする。YouTubeの配信もしたいし、これの結果が面白かったら動画にしてもいいかもしれない。
そんなこんなで黒魔術の準備が整い、事前に調べてあった通りに進めていく。
なんとなく、あれ、いつもと雰囲気が違うと思いつつもまあオカルト的なことやってるし少しくらいの異変はある、と特に気にせず進める。
黒魔術の術式やら儀式やらがラストパートといったところでその『見逃した』異変が、ふりかかってきたのである。
「……!?」
ヤバいと思いやめようと思ったのも束の間、止められるはずもなく耳をつん裂くようなキィィィンという音がしたと思えば、ボフンッという大きな音とともに煙が部屋を充満する。いつだって成功なんてしたことがないが、逆に失敗してもこんなことになることはなかった。
何も起きないが、いつものことである。
「珍しいな」
時間が経てば煙はひいていき、視界がハッキリとしてくる。けほけほと咳をしながらじっと待っていると、ひとつめの違和感に気がついた。
なんだか、見慣れた部屋なのにいつもより大きい?
ふと視界に入ってきたのは手鏡、いろんな儀式で使用してきたいわば戦友のような鏡である。それが床に落ちているのに気がつき恐る恐る近づく。
手鏡は真上を向いて落ちていた。
手鏡もまた、覚えているサイズよりも少し大きく、そんな変化を感じ取りつつもそっと覗き込む。
「……猫?」
そこに映し出されていたのは、灰色の艶やかな毛並みをした猫であった。一度離れ、恐る恐る再び覗き込む、間違いないそこにいるのは、そこに映っているのは何度見ても猫である。
バッと今度は手を見れば、いつも見慣れた人の手ではなく猫の手、ツヤツヤの灰色の毛並みの灰色のそしてぷにぷにの肉球がついている、そのまま体を見下ろせばその毛並みが全身にあるのを確認する。
「これは、失敗ね」
だれかに助けを求めなければ。そうでないと人の姿に戻る方法がわからない、そしてなによりYouTubeの配信や、やっとのことで入った会社もクビになってしまう。
ひとまず小さい黒魔術とかは使えないか試してみるも何も起きない、いつもはできる黒魔術すらできない。
もはやただの猫である。
意を決しひとまず、猫の姿のまま家を飛び出しご近所に住む知り合いのところへとむかう。引きこもり生活で唯一の知り合いのおばさんのところへ。でもむしろ誰でもいい、私の話を聞いてくれる人がいてくれれば。
メイはそう考えながら走った、猫のように4本足で自然と走る。違和感なくそう走れることに気が付き苦笑しながら、いまはそれでいいが、早く解決策を練らねばと慌てる。
そうして見つけたのがご近所に住むおばさんだった、近づき声をかけた。
「おばさん、きこえますか……!」
見慣れたおばさんの背中に声をかけるも、気が付いてはくれない。声が小さいのか?
「ニャーニャー(……聞こえますか?)」
「?あら、猫の声がすると思ったら。見慣れない子ね」
「ニャーニャウ(おばさん?)」
「あらあら、お腹でも空いてるのかしら」
「ニャーニャウニャ(もしかして、私猫語?)」
おばさんは、ニコニコ笑いながら頭をポンと撫でるとちょっと待っててねと言い残し家の中に消えていった。どうやら、見た目だけではなく声すらも人ではなく猫になってしまったようだ。
「ニャウニャーニャウ(人間の言葉がしゃべれない)」
助けを求めようにも人の言葉を喋れないのであればお手上げである。
猫語のわかる知り合いなんていない、いつもは冷静沈着だがさすがに少し焦りを覚えた
「ニャオ、ニャニャニャー(困ったな、猫語だなんて)」
「ん?いま誰かの声が」
「ニャウニャー?(聞こえてる?)」
「どうしたの猫ちゃん」
現れたのは赤い服をまとった、凛とした女性。どことなく、懐かしいにおいのする。
「……、ふふかわいい」
「ニャウニャ?(言葉わかるのか?)」「よしよし」
「ニャニャ、ニャウ(なんだわからないのか)」
抱き上げられ撫でられながら猫らしからぬため息をつく。この女性もだめか、ひとり愚痴ていると女性はふふと笑い出した。
不思議に思っていると再びひと撫でして、メイと目をあわせてニッコリ笑う。
「ごめんなさいね、ちゃんと聞こえてる。なんとなく意地悪したくなっちゃって」
「なんだ、それならよかった、のか?」
メイは、猫語のわかる人に会えて少し安堵し困ったこの現状を説明し始めた。
(作者:あき)
歌「生生世世奇譚」
作曲/作詞:Fi’Ne
歌手:Deal
姑(しばら)く妄(みだり)りに之を言え、姑く之を聴かん
豆棚瓜架(とうほうかか)、雨は糸の如く
黄昏の中、唄が響く
融けゆく己れに身を委ねよ
火絶え(たえ)ゆく行燈(あんどん)、月明(げつめい)灯る
戯(さ)るに明け暮れ、煢然(けいぜん)の夜(よ)
八方美人の仮面、対し嘆きの我
満たされぬ自心、煤(すす)き枯れ
現(うつつ)に生きとし生ける者よ
真(まこと)のみを求め彷徨うか
時として虚心に惑え
虚(うつろ)を描き、虚に生きよ
料(りょう)るに応(まさ)に人間の、語(かたり)を作すを厭(あ)いて
秋墳(しゅうふん)に鬼の唱(うた)聴くを愛せ
黄昏の中、唄が響く
融けゆく己れに身を委ねよ
乱れゆく人中(じんちゅう)、闇夜は続き
他(た)の営みに、哀歓の日
現に生きとし生ける者よ
己(おのれ)を為留(しと)め何故笑うのか
内に眠りし声を緩(ゆる)せ
虚を抱き、己に生きよ
物語は語り継がれ
露命(ろめい)は紡がれていく
姑く妄りに之を言え、姑く之を聴かん
豆棚瓜架雨は、糸の如く
黄昏の中、唄が響く
融けゆく己れに身を委ねよ