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「私」が「わたし」に襲われる~映画『アス』の謎に迫る~

「ドッペルゲンガー」という言葉をご存じでしょうか。ドッペルゲンガーは自分とそっくり同じ姿をした存在(もしくは自分そのもの)で、見た人は死ぬと言われています。

映画『アス』は、そんなドッペルゲンガーを題材として描いた作品。「自分が襲ってくる」という身の毛もよだつ状況を、謎めいたストーリーと映画愛に満ちた描写で、より恐ろしく魅力的に描いています。

今回は、そんな映画『アス』に散りばめられた謎を解説していきます。

映画『アス』の作品情報

『アス』は2019年公開のホラー映画です。休暇を楽しむ一家を襲う恐怖を描いた作品であり、そのストーリーや俳優陣の演技から、高い評価を受けています。

監督は『ゲット・アウト』のジョーダン・ピール。主演は『ブラックパンサー』で知られるルピタ・ニョンゴとウィンストン・デューク。特にルピタ・ニョンゴの演技は素晴らしく、一見の価値があります。

『アス』予告編90秒

恐怖とメッセージ性に満ちたホラー映画の良作

レイシズムとレイシストたちが抱く、複雑な深層心理。ジョーダン・ピールの前作であり監督デビュー作でもある『ゲット・アウト』は、こうした人種差別についての強いメッセージ性を持つ作品でした。

そして今作『アス』もまた、『ゲット・アウト』と似通った部分を持つ作品です。ストーリーの裏に、メッセージが隠されているのです。

ジョーダン・ピールが今作に込めたメッセージとは、「富める者と貧する者の対比」でしょう。今自身が享受している幸福は、誰かの苦しみの上に成り立っている・「イヤ」なことを受け入れてくれる人がいるからこそ、自分は嫌な事をしないで済んでいる……。

今作はあくまでも、ホラー映画です。そして、多くの人が見て楽しめる娯楽作品です。恐怖描写もストーリー性も秀逸で、見事に両立しています。深く考えずとも、十分楽しめる作品です。

しかし、ストーリーの奥を覗いてみれば、また違う世界が広がっています。そして、私たちの多くはその世界を理解できることでしょう。「虐げられた」経験が一切無い人は、ほとんどいないはずです。

このメッセージを知った上で今作を見てください。そうすれば、今作で描かれる「恐怖」側の哀しさに気が付くでしょう。

映画『アス』に散りばめられた謎

映画『アス』では、答えが提示されていない謎がいくつかあります。この項では、そんな謎の中から3つを選びだし、考察してみました。

ちなみに、テザード達の服の出どころや地下施設の清潔さ、といった部分においては、納得のいく答えが出ませんでした。これらはじっくりと作品を見て、考えていきたいと思います。

レッドはなぜジェイソンを殺さなかったのか

主人公・アデレードと対を成す、テザード(人造人間)であるレッド(物語最後で、この関係性が逆転します)。レッドは物語の終盤で、アデレードの息子であるジェイソンを、テザードたちが住んでいた地下施設へとさらってしまいます。

レッドはアデレード一家を殺そうとしていました。夫のゲイブはそのテザードであるアブラハムに、娘のゾーラはアンブラに、といった具合です。また、レッドはテザードたちが人間に反旗を翻すきっかけを作った人物でもあります。

しかし、レッドはジェイソンに明確な殺意を向けてはいません。殺意があったのならば、彼をさらったときに殺してしまえるはずです。

レッドがジェイソンを殺さなかった理由。それは、自身が死んだ後、ジェイソンが真実を知りつつ生きることを望んだからではないでしょうか。

物語の最後で、ジェイソンは意味ありげな目線をアデレードに向けています。それは、今までの「ママ」に対する目線ではなく、何か暗く重い感情を表しているものです。

アデレードとレッドは表裏一体の存在です。両者ともに思考能力を持ち、元が同一であるが故に、運動能力も大きな変化はないでしょう。栄養状態を考えると、アデレードの方が丈夫で、判断能力に優れているかもしれません。

レッドはアデレードを殺そうと思っていました。しかし、上記の理由から負ける可能性も考えていました。負けるならば、せめて何か置き土産をしたいという考えは、決して不自然ではないでしょう。

レッドがジェイソンを殺さなかった理由。こう考えると筋が通るのではないでしょうか。

ウサギの意味

テザードたちが暮らしていた地下施設には、大量のウサギが放し飼いにされていました。そしてウサギは、今作の最初から最後まで登場し続ける動物でもあります。

今作において、ウサギはテザードたちの食料として扱われていると考えられる他、いくつかの意味を持たされています。それが以下のもの。

  • 「これまでとは違う世界」のメタファー
  • 「復活」の象徴
  • 実験動物の象徴
  • テザードが持つ武器との符合

長くなりますので、それぞれ分けて見ていきましょう。

「これまでとは違う世界」のメタファー

ウサギは穴を掘り、その中で暮らす生き物です。これは、テザードたちの居住空間と重なります。双方とも、地下で暮らしているのです。

また、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」では、アリスがウサギを追いかけて穴に飛び込んだことにより、ファンタジーの世界に迷い込みます。ウサギはファンタジー、つまり、「これまでとは違う世界」に導く導線であり、メタファー的存在と言えるでしょう。

「復活」の象徴

キリスト教において大切な概念である「復活」。磔刑に処されたイエス・キリストの復活を祝う「イースター(復活祭)」は、キリスト教の祭日の中でも重要なものとされています。

そして、ウサギはイースターのシンボルの一つです。ウサギの繁殖力の高さは生命力と繁栄に繋がり、もう一つのシンボルである卵と重なることで、「復活」を想起させるからでしょう。

死からの復活。死後、遺体は地面の下に埋められます。そして、死後の世界は地下にあるという、昔ながらの死生観。死から蘇るということは、地中から地上に上がってくることだと考えることができます。

そしてテザードは、人々から「無いもの」だとされてきました。他者に認識してもらえないという状況は、限りなく死に近いものです。

地下から地上に上がったテザードたち。死からの復活。

ウサギは、形式的に「死んで」いたテザードたちの、蘇りを表すものなのでしょう。

実験動物の象徴

かつてアメリカ政府は、テザードたちを作ることで地上の人間を操ろうとしました。現在は地上の人間の動きをテザード達がなぞっていますが、その反対をしようとしたのです。これは、壮大な人体実験だと言えるでしょう。

そしてウサギもまた、動物実験に用いられることの多い動物です。そして地下施設では、テザードと同じように放置され、放し飼いにされています。

ウサギの存在は、テザードたちが人体実験の被害者であることを端的に表現しているのかもしれません。

テザードが持つ武器との符合

テザードは皆、武器としてハサミを持っていました。ハサミは入手しやすい道具であるだけでなく、物事を「切り離す」武器でもあります。

「刺す」でも「切る」でもなく、「切り離す」。テザード、特にレッドは、嫌でも繋がっている自分たちと人間たちとの関係性を断ち切ろうとしたのかもしれません。

また、ハサミは対になった部位を持つ刃物です。刃先を開いて上に向けると、どことなくウサギの耳に似ています

こうした部分にも、ウサギにこめられた意匠を感じることができます。それに、ハサミとウサギは両極性という性質も持っています。

テザードの知能

レッド以外のテザードを見ると、皆、笑い声や唸り声を発するばかりで、話すことはできません。そして、作戦を立てるといった頭脳労働も得意ではないようです。

こうして見ていくと、テザードは思考能力が無いように思えます。確かに、彼らが生み出された理由を考えると(地上の人間を地下から操るため)、彼ら自身に考える能力が無い方が良いでしょう。しかし、元・テザードであるアデレードのことを考えると、疑問点が残ります。

アデレードが元々特別だった、と言うこともできるでしょう。しかし、ある程度の知能が無ければ「何かを崇拝する」ということもできないはずです。

レッドはテザードたちの間で特別視され、指導者的存在になることができました。そして彼らに何等かの方法で、人間たちに反旗を翻す方法を示しているのです。同じ服を着て、同じ目的のために武器を使って人を殺す。恐ろしいことですが、知能が無ければできることではありません。

テザードたちは、通常の人間の影に隠れるべき存在です。そしてその存在は、遥か昔に政府から見放されていたと言います。勿論、教育も何もされていなかったことでしょう。

普通の人間も、生まれてから言葉を話しかけられることによって、言語を扱えるようになると言います。しかし、テザードたちはその経験がありません。唸り声しか発せないのも当たり前なのです。

通常なら与えられるべきものを与えられていない存在。それが「私たちもアメリカ人だ」というレッドのセリフに隠されているのでしょう。

数字「1111」が意味するもの

今作では、「1111」という数字がことあるごとにフューチャーされています。時計が示す時間、謎の男が持つ段ボール……

この数字は、旧約聖書の一つであるエレミヤ書の11章11節を表すものだと考えることができます。ここに書かれているのは、「災いが襲ってくる。そして、逃げることはできない」というもの。そして、エレミヤ書は予言書として有名です。

つまり、テザードの襲撃は逃れることのできない災いです。その証拠に、主人公一家は生き残ることができましたが、テザードたちに占拠された地上を見ています。(本サイト内に他の数字に関する記事1372314と20ご参考ください。)

「ハンズ・アクロス・アメリカ」

アデレードとレッドの交代が行われたのは、1986年。そして、1986年には、大きなチャリティーイベントがアメリカで行われました。

それが「ハンズ・アクロス・アメリカ」というもの。ホームレスや貧困に苦しむ人を救うために、多くの人々が手を繋ぎ、「人間の鎖」を作り上げたのです。映画『アス』には、このチャリティーの様子が幾度も描かれています。

テザードたちを率いたレッドは、この様子を見知っています。かつて地上にいた彼女は、これをテザードの反乱で用いようと考えたのでしょう。

本来の「ハンド・アクロス・アメリカ」は、貧困の救済には繋がらず、あまりチャリティーの意味をなさなかったと言います。必要経費が多く、最終的に寄付できたのは集まった寄付金の3分の1程度にとどまったからです。

「ハンズ・アクロス・アメリカ」は、少々皮肉な結果に終わりました。しかし、テザードたちは違います。

映画の終盤、アデレードたちは大勢で手を繋ぐテザードたちの姿を目にします。無言で手を繋ぎ、地上の空気を味わう彼らは満足げな顔を浮かべています。それは、かつてのチャリティーイベントが果たせなかった、「虐げられた人々自身の行動」が実ったことを表現するものです。

まとめ

高いストーリー性メッセージ性を見事に兼ね備えたホラー映画『アス』。その内容に隠された謎について、考察してきました。

今作は考察の余地が多く、いろいろと考えながら見ることが楽しい作品です。今回この記事で書いてきた考察も、見方によっては違うものになるかもしれません。

ぜひ、自分自身で映画『アス』を見てください。その上で、色々と考えてみましょう。何か新しい発見があるかもしれません。


最後に、

地下世界は本当に存在していますか?興味がございましたら、是非ご覧になってください